昨日の明日

昨日事務所で仕事しているところへT新聞の配達の人が集金に参りました。おそらくお隣の国辺りのおにいちゃんと見えたどたどしい口調で「シュウキンオネガ~シマス」なんてんで。

対応したのがうちのオヤジでして、以下二人の会話

 

「日曜の新聞入ってなかったよ」

「シンブン?ナカッタ?」

 

「うん、だから一度お店に帰ってまた集金に来てくれる?」

「オミセカエル・・・ウ~ン・・・」

 

さてどうするやらと見ておりますと、おにいちゃんの次の言葉が良かった!

「ンジャ、キノウノシンブンアシタモッテキマ~ス」

 

どうすかこれ? 「昨日の新聞明日もってくる」 

なんともパラドキシカルというか、やたら深い意味を感じませんか?意志の力は時空を超えるみたいな。あたくし感じ入ってしまったんであります。

 

ま、それはそれとして思うにおにいちゃんも自分の国の言葉だったとしたら「あ、んじゃ一回分引いた請求書持ってまた来ますね」と答えたと思いますが、言葉の意味の解読が先行してしまい本来の新聞の商品価値を置き忘れてしまったんでしょう。一部連載や読み物を例外として速報性こそそれであって、一昨日の新聞誰が読むのかという 

げにも金言「思考は言語なり」を地でゆくような話でございました。

 

え、知らない?

そりゃそうね、あたしが作ったんだから