さんとは
それでもなんか寒いのはあたくしだけでしょうか? 
先日お花見に行った飛鳥山のある王子は大河ドラマで取り上げられたのを機に渋沢栄一ゆかりの地として駅前からすっかり渋沢カラーになっておりました。
殖産産業として創設した王子製紙に始まり晩年を過ごした飛鳥山亭までその足跡の多く残る地であります。
そりゃいいんですが
栄一っつぁんのそっくりさん募集で選ばれたお三方が何かのイベントに呼ばれたのを小ネタニュースで見まして、アイドルの一日署長とかなら見栄えがしても実際見ると大して似てもいない(そもそも応募者何人いたんだ?)要するにただのおっさんですからな、あのカッコでステッキ振られてもありがたくもなんともなかろうと。
この「そっくりさん」なる言葉について考えますに、非常に似ている状態を表す「そっくり」に「さん」付けすることによって特定の人物に置き換える形容動詞から名詞への変換であろうと。
地域性持たせるな大阪でそっくりやん、京都でそっくりはん、九州じゃそっくりどん、とかな。
とはいえ本来相手に控えめな敬意を表すさん付けのはずが、この場合ちょっとおちょくった半笑いな感じを覚えるのはあたくしだけではありますまい。
これに似た感覚に「社長さん」があると思います。
役職名にさん付けすること自体おおむね誤りなんでありますが、「社長!」と歯切れよく言い切った場合の大企業的汎用性に比べ「社長さん」になったとたんの脱力感と中小企業感はいったいどうしたことでありましょうか?
更に言えばカタカナ化して頭の中で「シャチョウサン」と思い浮かべながら発音してみていただきたい。
何故か妙な外国なまりになりはしまいか?
これなんぞ40年前赤羽か小岩あたりのキャバレーでどっから来たのか分からない出稼ぎの外人ホステスが、どう見ても現場帰りの職人を捕まえて呼んでた響きでありましょう。
それもいいんですが
以前から申しておりますようにニュースで小学生やどうかすると幼稚園児くらいの子どもを呼ぶのにいつからかさん付けするようになったのがどうにも違和感なんでありますよ。
ちゃんと君でいいだろ。
あれっすよ、子どもの権利とか言って尊重するふりだけでその実被保護対象であるべきものへの責任回避してるとしか思えませんわ。
ガキはガキ扱いされるのも立派な権利だ!
と
ずいぶん柔らかいとっから固いとこへきちゃいましたね。
みっち部長が三時から一人で頑張ってくれて時間出来たもんでいつもの調子で書けました。
みっちごめん。

